岡田斗司夫さんの動画視聴で
昭和、平成、令和とさまざま時代を経て生きている私たちですが、例えば「昭和」を全く経験していない人には、カセットデッキで聴いていた良さも苦労も分からないはずです。
つまり、平成から、今後は令和からという具合に、昭和時代などYouTube の懐かしい動画で観ることしかない世代が増えて、むしろ昭和時代で青春を過ごした世代には彼らの言動をジェネレーションギャップという形で知ることでもあります。
視聴したのは、教育に関する動画だったのですが、岡田斗司夫さんは、国民教育、市民教育、フラタニティ教育と分類し、新しく迎える「教育」の流れを分かりやすく解説してくれました。
今、30代以降の方々は、多分「市民教育」というカテゴリに入ります。
市民教育の特徴を紹介すると、エリートと呼ばれる存在が社会の開拓者となり、それに向かって我々も教育の現場で競争し、勝ち抜くことを求められた時代です。
つまり「手に入れる」という意識があって、それはマイホームやマイカーなど、自分だけが占有できるものを増やすことで、より「エリート意識」を保つことができた時代でした。
常々、スマホの性能が我々の要求を超えて、新しいスマホに驚かなくなったでしょう。
「今使っているスマホでも、まだ使えるし」という感覚が芽生えたのも、「市民教育」の時代が終末期になっている証拠でしょう。
最低限の、例えば個人所有のスマホ以外は、わざわざ自身で所有管理するよりも、「必要な時に必要なだけレンタルすればいい」という時代こそ、「フラタニティ教育」の根幹です。
「フラタニティ」とは同胞などとも訳されるそうですが、どうやら岡田斗司夫さんの説明では「同じ興味や思考を持つ者同士」が感じる共感意識で、SNSなどでフォロー数にこだわるのも、その流れだと言えるでしょう。
さらに、同じ興味を持つ集まりの中にも、当然ですが「シンボル」となる存在がいて、例えば外見のような憧れが、今後は重視されると言われます。
岡田斗司夫さんの説明を聞いて、モヤモヤしていた感覚が何かストンと落ち着いた感じがします。
「YouTube 」チャンネル運営にどう活かせるか?
市民教育では、優越感のような上昇意識に関心が集まりました。
もしかすると、スキルを活かした巧みさも同じ流れかもしれません。
しかし、フラタニティ教育では同士が仲良く交流する時代ですから、良くも悪くも関心を持って集まってくれることが大切です。
ある意味で、「どう楽しんでもらえるのか?」に対する意図が求められるのでしょう。
もしかすると、人気YouTubeチャンネルになる条件は、「親しみやすさ」かもしれません。
誰かより少し上手いという市民教育感覚を捨てて、先ずは自身がしっかりと楽しみ、さらにそんな楽しさに共感される流れが求められるのでしょう。