こみちがなぜ走り始めたのか?

 学生時代も帰宅部だったこみち

小学生の頃、4年生から先生の勧めもあってクロスカントリーの大会に出るようになりました。

最初は先生が期待していた別の友だちの付き添いで声が掛かっただけなのですが、始めてみると走ることが好きだったようで、自主練を始めたりと子どもながらに競技を楽しみました。

詳しいことは覚えていませんが、市内の小学校から参加した生徒、記憶では20から30くらいのグループに別れて、そのグループがいくつかあったように思います。

体操着で走る生徒もいましたし、サッカー部や他の運動部のユニフォームを着た生徒もいて、学校の授業とは全く雰囲気の違うものでした。

振り返れば、確かにその頃、近所を走ったりして、走ることが楽しいと思った記憶もありますし、6年生の時はレース後にタイム順で並ぶのですが、トップまで数えれるくらいのポジションにもなりました。

とは言え、中高は完全な帰宅部。

運動は体育の授業くらいです。

それから社会人になっても運動をするキッカケもなかったですし、それこそランニングを日課にすることなど考えたこともありません。

メンタルを壊したことで

ここでは詳しく触れませんが、生きているといろいろあります。

そして結果的にこみちはメンタルを壊しました。

やる気を完全に失ったんです。

そして、そのリハビリを兼ねて始めたのが散歩であり、ジョギングで、今のランニングへと続きます。

運動は気分転換にもなりますし、基礎体力の向上にも繋がります。

そして、自分にもできたと言う小さな成功体験が、メンタルの回復には有益です。

走り始めた頃、すぐに脇腹が痛くなって、足など出せなくなります。

でも「(自分に)負けたくない」と言う思いもあって、あの交差点まで歩かずに頑張ってみようと言う小さなチャレンジが大切でした。

できない時もたくさんあります。むしろできないことの方が多かったです。

でも、できたと言うことがリハビリになりました。

あれからほぼ毎日、ランニングをして3年になります。

ランニングフォームを作る意味

今から運動を始めたとして、それこそオリンピック選手になれる可能性はありません。

つまり、ランニングは趣味なんです。

だからキロ何分だったとしても、大きな問題ではありません。

ただ、フォームを作る意味はランニングが上手くなるためというよりも、メンタルの回復で必要になる判断力や分析力を取り戻す一環でした。

今朝もランニングをして来ました。

楽しく走って来ましたが、心地よいテンポの時はキロ3分台になっています。

それだけ速いと言う話ではなくて、どう体を動かせば楽に走れるかを知っていけば、多くの人が到達できるスピードだと本気で思っています。

これがキロ2分台になるとかなり話が違いますが、スピードとしてキロ3分台は才能ではなく、経験だと思います。

同じ走るにしても、どう走ると良いのか?を考えることはやり気がなくなっていたこみちにやってみたいと言う気持ちを取り戻してくれました。

最近、VO2maxが久しぶりに50台に戻りました。

年末年始から47くらいまで下がっていたのですが、だんだんと調子が回復しています。

だから何が変わると言うこともないのですが、「50台に戻った!」と言う小さな成功を真面目に楽しむことが大切です。

できないことがダメなのではなくて、所詮はランニングも遊びなので、落ち込み必要はありません。

そうではなく、「コレはできた」と言う小さな気づきが結果的にメンタル回復に繋がって、こみちもかなり前向きに楽しめるようになったと言う話です。

ある意味でランニングもそろそろ役割を終えている気がします。

ただ走るのは楽しいですし、気分も変わりますし、一人の時間が保てます。

流れる景色を眺めて、ただいい天気だなぁと思うことで1日を始められるんです。

今日はランニングを始めた理由などを軽く紹介してみました。

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