『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門 』木下 斉 (著)に刺激を受けて

 なぜ「村おこし」や「地方再生」なのか?

こみちにとって、「地方再生」に強い危機感を感じたからではなく、好きなキャンピングカーという乗り物で何ができるのかと思案する過程で気になりました。

まずロジックとして、キャンピングカー業界も地方再生も、高齢者介護も問題点や課題のあり方は実に似ているように思うのです。

先に高齢者介護で問題点を挙げるとすれば、介護予防に取り組むことが必須です。

そのためには、いかに健康で自分らしく暮らせるかがポイントになります。

でも「健康」も「自分らしく」も個々には分かっているようで、実は掘り下げて行くと分かっていないことが多いから問題が根深いのでしょう。

その要因として、時にこれまでの経験や知識を捨て、これから新たな取り組みに着手しなければいけない部分も少なくないからです。

個人的には、いかに大きな枠組みで取り込めるかがポイントだと感じていて、目先の諸問題に手を出すことで、改革は鈍化してしまうと感じます。

と言うのも、プロジェクトで失敗するパターンは、無駄になる項目を特に審査することもなく組み込んだ時だからです。

100人の精鋭が同じ目標に向かって進んでいる時、一人のはみ出し者が加わっても直ぐには問題視されることはありません。

しかし、そもそも一人だけベクトルの向きが異なる存在ですから、「アイツってどうなの?」と関わる者は疑問を感じるでしょう。

それはやがて、グループの輪を乱し、精鋭部隊の鈍化や崩壊を招くことに繋がります。

ではそれが全く起きないようにできるのかと言うと、多分、経験として無理な話でしょう。

また、高齢者介護に話を戻せば、「健康」や「自分らしさ」を定義づけることは厄介で、小手先の解決策に手を出してしまうと、改革のための高齢者介護になってしまいます。

キャンピングカー業界では?

キャンピングカー業界の悩みはズバリ「車の使い方」ではないでしょうか。

車内でもエアコンや電子レンジが使えるようになる技術を盛り込むことは現代ではそれほど難しい話ではありません。

なぜなら、個々に努力すれば十分に達成できる範疇だからです。

一方で、会社の売上を上げることは努力次第で賄えるとしても、キャンピングカー業界全体が抱える「使い方」と言う大きな課題になると、各社が知恵を出して行かないと達成できません。

時には、業界の垣根を越えた取り組みが必要です。

キャンピングカーの最大のウリは、自由に移動できること。

しかし、各地に存在するホテルやキャンプ場のように固定化されているが故に得られるメリットも実は少なくありません。

つまり、「固定化できない」と言うなんとも不思議な課題こそが、キャンピングカーの「使い方」と言う課題を生み出しています。

詳しいことは知りませんが、海外におけるキャンピングカー市場では、各地に村のような場所を築き、外部電源を備えるなど、「固定化」への取り組みに積極的です。

というのも、「固定化」できることで省けることがあり、できないことで捨てることができない制約もあります。

具体的な話をすると、キャンピングカーをどこに止めて、どんな風に楽しめば良いのでしょう。

難しく考える必要などないと言う人がいるかもしれません。

しかし、なぜ地方にシャッター街となった街が増えたのか考えた時に、従来の手法では太刀打ちできない状況を察知し、事業転換できなかったのかが気になります。

小さな商店では難しいなら、グループ化することで生き残りを掛けることもできる可能性がある一方で、しばらくシャッター街となった街に、外部から来た人によって街を活性化させるとしても、そこに共通した認識が生まれるのかがポイントです。

つまり、もしも外部からのテコ入れで改善できるのであれば、その当時、まだ深刻化されていない段階で、意識を変えることができたなら、そもそもシャッター街は生まれなかったことになります。

もちろん、今だからこそそんな話になるのであって、当時の段階で人口の流出や街の衰退を予測し、そのための取り組みに目を向けることができないとしても、誰を責めることもできません。

その意味では、高齢者介護で問題とされるポイントとして、誰からの提案を画一的に取り入れることが理想なのでしょうか。

さまざまな意味で、「固定化」とは安定を生み出します。

それは身の安全にもつながれば、精神的な安定にも寄与します。

高齢者介護でも施設によるケアは安全性が期待できるでしょう。

しかし一方では、制約の多い暮らしが待ち構えています。

特にプライバシーと言う面では、利用者に負担を増すでしょう。

キャンピングカーで気ままに移動できることは新鮮にも映る反面、今の暮らしが頼りなく感じるのも否定できないでしょう。

なぜなら、移動は永遠にはできません。

いつかは運転することも難しくなる年代を迎えます。

その時になって、家を借りるとしても保証人を立てることも容易ではありませんし、介護施設に入ると決めたとしても、待機期間や現状で月額最低でも5万円は掛かるはずで、そうなれば入所後の収入も不可欠です。

考えてみると、我々の暮らしは冒険できる余裕などあまり持ち合わせていません。

そうな風に言うと、「人生がつまらない」と感じる方もいるでしょう。

だからこそ、自由で冒険心に満ちた暮らしは、誰にとっても憧れる暮らし方なのでしょう。

それを実行できる人というのは、標準的な能力の人が10年で学ぶことを1年で終えられるスーパーマンか、勢いに任せて突き進める行動派かのどちらかです。

つまり、キャンピングカーで何ができるのかと言う最大の課題が明確にできれば、一気に住宅並みの普及も見込めます。

合理的な考え方をするなら、増加する空き家を活かしたリノベーションでも良いはずで、常に一切の家財道具を積載して移動する理由や根拠が乏しいのは事実でしょう。

というのも、アメリカにおけるキャンピングカーライフを調べて分かったことは、そもそも日本国内とは事情が異なりますし、モーターハウスを受け入れる風土があります。

それはつまり、「どう使えばいいのか?」に対する答えがあると言うこと。

その差は小さくないでしょう。

地方再生は難しい!?

地方再生や村おこしと言う話に戻れば、「自分には到底手に負えない」と思う人は初めから関心はないでしょうし、興味を持った人でも今の生活が忙しくて時間を割くことができないことも多いはずです。

本来なら、今の生活を維持しながら、他方で地方再生に乗り出すのが普通の考え方で、「これからオレは地域を再生するぞ!」と現職を辞めていきなり始める人は、キャンピングカーを購入し、準備もなく全国へと旅立つのに似ています。

確かに旅先では、それなりの出来事があって、思い出深い体験が得られるでしょう。

同じような感覚で旅する人に出会えば、なんだか同士のようで嬉しくもあるでしょう。

でも、言えばその考えこそが、「シャッター街」だったのではないかと思うのです。

「そもそも論」は、後出しジャンケンみたいかもしれません。

なぜって実際はもう旅が始まっていたり、過疎化が進んで閉まっていたりするからです。

つまり、原則を話して改善できる段階にいない以上、「今できること」をするしかないと考えます。

そもそも中止するべき計画だった。

だとしても、「行けばなんとかなる!」と問題を先送りした場合、途中で奇跡的な援助者が現れて、背中を押してくれることもあるでしょう。

一方で、誰からも援助されなければ、夢半ばで行き詰まり、「無理だった」と帰還するしかありません。

その後は割とシビアな問題が迫ってきます。

だからこそ、落とし所を事前に決めて、目指すべき方向性くらいは決めておきたいもの。

シャッター街になりそうになった時に、家族内で解決しなければ、地域社会、さらには行政や政治へとその輪を広げる努力も必要でしょう。

高齢者介護と地方再生、キャンピングカーライフを解決する取り組み

実はこの3つには共通点があります。

それは、「暮らし」です。

つまり、中心となるステーションを構築し、そこが高齢者の生活を支援する機能を持たせます。

具体的にはスーパーマーケットや行政の窓口、介護サービスなどの機能です。

さらに隣接するスペースでは、キャンピングカーライフを継続可能とするオートキャンプ場があって、メンバーが自由に利用できるようにします。

面白い機能として、その村落の管理者によって、場合によってはキャンパーが従業員として働くことができ、周辺部落から寄せられたニーズに応じて、サービスを提供します。

理美容師や機能回復、レクリエーション、医療的ケア、さらにはDIYや買い物、移動タクシーのようなこともできるでしょう。

そして、そこで介護保険を使えるようにすれば、全額を捻出できなくても、採算が見込めますし、特に行政やキャンピングカー業界を巻き込めば、相互の問題さえも解決できるかもしれません。

例えば軽キャンカーを買った人は、取り組みを行う村落に向かい、そこで就労に関する届けを行います。

指定されたエリアに車を止めて、そこが自分の住まいとなる他、予定に応じて一泊だけと言うこともあれば、1ヶ月のいう長期滞在も可能です。

また入浴や日用品の購入は高齢者も使うスーパーマーケット機能が追加された「ステーション」があります。

感覚としてはUber eatsのような雇用形態とし、就労時間帯のみ報酬が発生することで、街の負担も減らせます。

しかも高齢者介護で介護士として参加してくれる人まで見つかれば、それが趣味を活かしたレクリエーションであったとしても、自立支援につながる新たな取り組みとなるでしょう。

そんなことを考えたら、誰か始めてくれたら面白いのにと思ってしまいます。

でも、規模や事業展開を誤らなければ、割と実現可能なビジネスモデルとなりそうです。

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