雑誌が誕生し廃刊になるまで

 ネット広告が増加した影響!?

これまで、バイクや車、建築、デザイン、カメラ、経営、マネジメントなどなど、趣味や実益を兼ねていろいろな雑誌を読んできた。

今では信じられないが、全盛期はバイク雑誌を2冊、建築とデザイン誌をそれぞれ一冊を購読しつつ、書店に立ち寄ると気になるテーマがあるとすぐに買っていた。

その時はあまり気にしていないが、雑誌には「広告」が付いている。

全紙面の1割程度が理想だろう。

というのも、雑誌は販売による収益と広告収入から成り立つ。

特に販売数は雑誌の推進力と言えるし、広告依頼の増加はその指標と言えるだろう。

しかしながら、販売数が低下し始め、見込んだ収入が期待できなくなってくると、どうしても広告収入に手が伸びる。

当然だが、推進力を失えば、広告収入もいずれは陰りを迎える。

本来なら雑誌自体の在り方を見直すことに目を向けるべきだったはずだ。

しかし、当時を振り返ればネット広告が勢いを増し、さらに視聴者をより詳細に分析し、的確な広告が出せるようになると、雑誌に依頼するよりも安価で確実だと考える企業も増える。

かと言って、販売数だけで運営できるほど、雑誌の発刊も追い風とは言えない。

伝いたいことがいくら多くても、それだけ雑誌を発刊し続けることが難しい時代を迎えたわけだ。

YouTube ではどうか?

以前は今よりも簡単に「広告」を付けられた。

だから稼げたのかというと別問題だろう。

媒体が変わったとしても、基本に変化はなく、推進力を確保することが必須となる。

それはつまり、「再生回数」になるだろう。

違うのは雑誌では販売収益だったが、YouTube では数値化された「目安」に過ぎない。

売れるために何を企画すれば良いのか。

そして、再生されるためにはどんなコンテンツを作れば良いのか。

スタートはまさにそこにある。

興味を持ってもらうには何をするべきか。

そのためには、共通したバックボーンが必要か。

雑誌が読者を細分化させたように、興味や認識に変化があると、それはつまり小規模な運営を迫られることになる。

当然だが、編集部というような組織を抱えられないように、YouTube でも勝算が得られるパターンは限られてこないだろうか。

まして、個人のYouTuberがアイデアを出し続けるのは至難の業で、再生回数としては上々でも、内心の不安や将来への不透明感は拭えない。

雑誌広告がネット広告に切り替わったタイミング以上に、今後は相場が下がってくる、もしくは評判の良し悪しが淘汰の対象になるかもしれない。

それはコンテンツとしてのクオリティーではなく、広告依頼者からの評価である。

極論を言えば、依頼案件を抱えられることがスタンダードとなり、再生回数そのものは指標であって、それによって得られる収益もまた指標になってしまうように思う。

改めて雑誌を眺めると、情報量もセンスも一般人には真似できないものだ。

でもそれでも販売収益を独自で伸ばすには限界を迎えた。

確かに雑誌の編集部がYouTube でチャンネル運営を始めたのを知っている。

しかし、いわゆるプロっぽい番組になってもいけないし、未完成なものでも今や競争には勝てない。

本当に難しい局面を迎えていると感じてしまう。

というのも、雑誌における記事の役割は読者にイメージを抱かせること。

行ってみたいとか、体験してみたいがその根底だ。

しかしYouTube ではもう1段階踏み込んだ提案が必要で、スペック紹介を超えて「どう楽しむのか?」が大きい。

つまり、楽しんでいる人が評価され、単純な情報は評価を受けない。

そこにセンスがあるかではなく、1つの答えを出すことに意味がある。

当然、ぼんやりしたイメージ戦略は難しく、具体性が求められる。

なかなか難しい舵取り求められそうだ。

言い換えれば、タイミングが合えば明確な理由がなくても化けるのかもしれない。

意図して狙うことが難しいというだけで。

改めて雑誌の記事を眺めていると、そこに忘れかけていたいろんな思い出が浮かんで来た。


こんな記事はいかが?