「欲」がない

 「欲」がない

夢や希望を持っているだろうか。

「将来、こんな人になりたい!」という目標を見つけることは、簡単なようで簡単ではない。

そもそも、こみちの場合、どうやら「欲」というものが少なく、低いと言う。

本人としては、そんな気持ちもなくて、アレもコレもと「想像」するからだ。

ただ、振り返ってみると、20代の頃に憧れたのは「小説家」という生き方であり、オーストラリア大陸をオフ車で巡ることが夢だった。

どちらも叶えられてはいないのだが、「欲」がないとは思っていなかった。

Twitterで出会えた人たちをみて、とても社交的な人たちだと思う。

こみちも仕事場にいる時は、担当外の利用者にも声を掛けて、たわいない世間話もするから、意外なほど顔見知りになる人は増えて行く。

でも、仕事場を離れて、駅で電車を待っている時に「こんにちは」とあいさつできるほど社交性は持っていない。

少し俯き、静かに電車に乗り込めば、車両の片隅で降りる駅が来るまで大人しくして過ごす。

時折り、子ども連れのファミリーが乗り込んだりして少し賑やかになれば、一瞬、その声が聞こえる方向に視線を注ぎ、すぐにまたさっきと同じポーズで時間が過ぎるのを待っている。

一見すると、大人しく思うかもしれないが、頭の中はそんなにぼんやりしている訳ではなくて、たわいないことでもあれこれと考えを巡らしていたりする。

気が向けば、いつも持ち歩いているスケッチブックを取り出して、気になる風景や情景をメモするように描いたりもする。

トレースという技法を使えば、デッサンなどできなくても簡単に描き写すことができる。

ただ、それをしないのは、「そのまま」を描きたいからではないからだ。

「乗客の襟もとのよれ具合」

「少し疲れた表情」

こみちが見て感じた光景を、心のままに描きたいだけなのだ。

そのためには、ある程度のデッサンができないと、思った情景を描きとることもできない。

だから、トレースではだめなのだ。

ある意味で、こみちの「欲」っていうのは、そんなものだったりする。

「社長になるぞ!」

「年収1億円越えだ!」

分かりやすい夢や目標があればいいのだが、「ヨシヨシ、うまく描けたぞ!」と思ってしまうだけでは「欲」がないのだろうか。

キャンピングカーも、良いなぁと思う車種がない訳ではない。

ただ、それが目に前に来て、いざ乗り込んだところを想像した時、「どこに行こうか?」で悩む。

薄々気づいているのだが、もう「iPad 」が手元にあれば、満足感や幸福感すら手に入る気がしてしまう。

悪い癖と言ってしまえばそうなのだが、「想像」だけで心まで満たせるようになってしまった。

欲しいのは、明確なものではなく、日常で見掛けるちょっとした「出会い」のような発見だ。

特にそれが初めてのことでなくても、こみちの心に印象的に映り、できれば自身で描けることができればそれ以上はない。

そんなことを言ってしまうから、現状からなかなか発展しないし、「欲がないの?」と心配されてしまう。

「欲がない」のではない。

今がとても心地よくて、ずっと続けば良いなぁと思ってしまうだけだ。

もう少しコロナ禍が落ち着いたら、キャンピングカーショーにも行ってみたい。

働くモチベーションにも繋がるし、叶えたい夢になるかもしれない。

でもね。絵を描くと、半日なんてあっという間。

文章を書けば、もうその日が終わる。

絵と文章を楽しめば、1日ってすぐに終わってしまうのだ。

どこに「夢」の時間を割こうか?

欲がないというよりも、すでに予定でいっぱいなのかもしれない。

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