「旅」と「我が人生」

 ずっと自由になりたかった子ども時代

中学生の頃から「自由」という言葉に敏感でした。

学生時代も友人たちが集まるちょっと離れた場所でいるようなタイプです。

いろんなグループの、いろんな人と話すのは嫌いじゃないけれど、でも「べったり」ができません。

だから、定期的に距離を取りたくなって、例えば「旅」にふらりと出たくなるのもそんな性格だからでしょう。

ただ、1日2日、そんな「短い旅」なら、特別の準備がなくてもできてしまいます。

でも、1ヶ月が半年、1年と延びてくるに従って、「生き方」から整備しないといけません。

昔から、こみちは「旅人みたい」と言われるほど、どこか実体の薄い存在のようで、自身も同じ場所にずっといることが息苦しいと感じます。

でもでも、そんな感情も年を重ねて落ち着いたのか、20代の頃なら毎週末絶対に1時間以上の朝練走行を欠かせなかったのに、今は朝目覚めてTwitterを眺めて、「良いなぁ」と思って時間が過ぎていきます。

薄々、iPad が手元にあれば、もう「旅に出ている」そんな感覚で、あとは想像だけでもどうにでもなってしまいます。

今すぐに北海道!?

いえいえ、沖縄!?

東京に!?

昔なら、寝ずに遠出して、朝日拝みながら見知らぬ街並みを眺めている時に幸せを感じていましたが、もう体内のアドレナリンをコントロールできてしまうのか、iPad で動画を見せてもらえたら、その気になってしまいます。

コロナ終わらないかなぁ。

旅でなくても、旅行でもいいから、ぶらりと出掛けたいですね。

こんな記事はいかが?