YouTubeとGoogle は外せない!?
旅を続けるにはお金が掛かる。
今から20数年前、「佐川急便」で丸3年働いて旅費を稼いだという冒険家の記事を読んだことがある。
つまり、あの頃は旅で稼ぐことはできないから、しっかりと準備しなければいけなかった。
世界一周で1000万円くらいという話も聞いたことがある。
確かに稼げるガテン系の仕事をすれば、3年で1000万円は不可能ではないだろう。
ある意味、「冒険」とは、その覚悟の現れでもあった。
ところが時代が変わると、冒険のスタイルも変化する。
世界のどこにいても、インターネットさえ使えれば、今の心境や位置、これから向かう場所、何でも発信できてしまう。
しかも、方法と手順さえ踏めば、「仕事」にもできる時代だ。
3年間の下積みを吹っ飛ばして、いきなり持ち金だけで始めることだってできるからスゴイ。
一方で、「日本一周」の価値は下がっただろうし、もう冒険とは言わないかも知れない。
今はコロナ禍もあるから簡単に海外へは行けないとしても、冒険は「世界一周」や「宇宙旅行」になったのだろう。
多様化が生み出した利便性
例えば20数年前、バイクは大型免許が一発試験だけだった。
中免しかないライダーにとって、大型バイクを颯爽と乗りこなすベテランライダーを見て、「流石、大型乗りだ」と妙に感動し、いつかは自分も大型を取りたいと思ったものだ。
今は乗りたい人は大型免許にが取れる。
一方で大型バイクを乗っていることが、「バイク愛」とは無関係だったりする。
教習所でお金さえ支払えば、先ずは免許取得は濃厚だからだ。
それは、バイクに対する多様性をし利便性が上がったことで、いつしか「大型バイク」という特別感はなくなった。
キャンピングカーにしても同じようなことが言える。
例えば、ビルダーと呼ばれる製造会社は、動く家をどう価値あるものにできるかで苦労していた。
なぜって、今みたいにエアコンも電子レンジも搭載できないとなると、一般人に分かりやすいアピールが難しいからだ。
当時はテレビも屋根に付けた大きなアンテナがないとキレイには映らない。
つまり、「家にいるような」ではなく「キャンピングカーでできること」をアピールしなければいけない。
少なくとも、車内でできるのはガスを使った調理とクーラーボックスで持ち込んだ食材を使うことになる。
コンビニってあったかなぁ。
そんな時代だから、何をするにも準備が大変だった。
ところが、令和はすごい。
ソーラーパネルも当たり前に付いているし、エアコンや電子レンジもあって当然だ。
その上で、テレビやインターネットも使える。
どこにでも行けるが、全部揃った時代なのだ。
特にキャンプ経験などなくても、普通免許さえ持っていれば、コンビニを探して日本一周などできてしまう。
そんな時代だから、いかにも野心的な冒険家でなく、一見するとどこにでもいそうな人が実は日本一周しているという方がウケる。
なぜって、キャンピングカーそのものの完成度は高くなったし、ユーザー自身がメカに詳しくなくても滅多に壊れないからだ。
仮に壊れたしても、電話できてしまうのだから安心度がまるで違う。
冒険を続ける方法
昭和時代、日本一周でも「すごい」と言われた。
それは旅の仕方にもよるが、達成するまでの行程がとても大変だと分かるからだ。
終身雇用が辛うじて残っている頃で、例えば3年間「旅」をしたいと言えば、快く送り出してくれただろうが退職は避けられない。
あの頃、一度ドロップアウトして、夢を叶えたとしても、その先は冒険家として執筆できたら良い方だ。
そうなると日本一周よりも世界一周だろうし、渡航先も多い方がインパクトもある。
一方で、令和時代は、ドロップアウトという概念が残っているだろうか。
確かに大手という言い方があるかも知れないが、そこで働いている人よりも別の方法を使って多くを稼いでいる方々も増えてきた。
その代表的な職種が「Youtuber 」だろう。
今やビルダーが彼らに試作したキャンピングカーを使ってもらい、それをコンテンツ化してPRすることも当たり前の宣伝方法だ。
興味のない人に向けてテレビCMを出すよりも、効果的なのはいうまでもない。
また、影響力がある人は、アイドル並みの活動をしている。
例えばトークショー。物販というのも当たり前の話だ。
というのも、YouTube というメディアに限っては、見ている人がお金を支払わない。
そこに大きな「特徴」がある。
もしもコンテンツが有料で、お金を支払って見るという仕組みなら、人気あるクリエーターは違っていただろう。
つまり、横に繋がり、知名度を上げることで、露出機会を増やすことができる。
それは、「見てもらう」というYouTube のスタイルに合致していて、効率的なのだ。
何のために日本一周なのか?
目的を考えて行動するのは、ある意味昭和時代の名残りだろう。
多分、令和時代の若者ならSNSで旅を告知し、始まってからも興味ありそうな人や先輩たちにリツイートしていくだろう。
それは横への繋がりがとても大切になった令和特有の手法だろう。
旅によって何が変わったとか、旅でどんな心境なったとか、どちらかと言うと内面的な話よりも、見栄えの良い画像がより効果的なのだ。
それは、もはや日本一周が冒険とは言わないからだろう。
見ている人も、ハラハラしながら冒険家の行動を見守る訳ではなく、「今はそこにいるんだね!」っと特別感は感じない。
何らな、近くまで来たら「会おう」なんて発想まで起きるだろう。
20数年って、やはり大きく時代が変化したってこと。
ある意味、特別感よりも、共感できることがポイントだ。