少年時代に描いていた「旅」
中学生になった頃から、いつか遠くまで「旅」に出たいと思うようになりました。
「旅」にもいろいろな形があるのですが、その時に描いていたのは「生き方」だったように思います。
田舎町に暮らしていたので、町を歩けばどこに住んでいる人なのか分かります。
その家には誰が住んでいて、子どもは何人いて、その子どもがどこの学校に進み、何を勉強しているのかも知れ渡ってしまうほど、小さな町でした。
町外れに中学校があり、こみちは徒歩で3年間通い続けたのですが、その行き帰りではいつも「旅に出たい」と思ってきました。
こみちにとって、旅先は「東京」と決まっていました。
当時は東京がどんなところかも知りませんし、でも何か「夢」が叶う場所という漠然としたイメージだけがありました。
実際に高校卒業後に東京の地を踏むことになるのですが、田舎町にいた頃には味わうことができなかった「期待感」に溢れていて、そこに居るだけでとてもワクワクした気持ちになれました。
社会人になると東京が色あせて見えるように
東京そのものが魅力を失ったわけではありません。
そこに居るこみち自身に「限界」が見えて来たということです。
確かに社会人になってからも、東京はいろんな刺激を与えてくれましたし、それによって「田舎では味わえない生活」を手に入れることができました。
しかし、学生時代にはバイクでツーリングをするようになり、行き先は「東京」ではなく「東北」や「北陸」、「中部」で、海や山、そして変わらないがある場所でした。
あの頃、まだネット環境ができるのは限られた環境下で、スマホだけで情報発信するという発想はありません。
旅先で見た物や感じた想いを残すのは手紙や写真で、あとは土産話くらいです。
「見せたかったなぁ〜。ぜひ、行ってみると良いよ!」
話した方も、聞いた方も、言葉や写真で感じ取り、互いに言葉で伝え合ったものです。
令和を向けた現代の「旅」って何?
今は、インターネットを使えば、旅先の様子や評価も簡単に閲覧できてしまいます。
行き方はもちろん、到達予定時刻まで計算できるのですから、「旅」にサプライズを求める方が大変です。
何より、少年時代に描いたような「旅」はもう存在しません。
例えば今、東京を離れて北海道に引っ越したとして、そこでどんな生き方があるのでしょうか。
札幌のような都会ならまだしも、少し自然に親しめる地域に行けば、地場産業が活発であることを願うばかりです。
こみちの場合、介護士の経験を活かして介護施設に身を寄せることもできるでしょう。
週に5日、その介護施設で高齢者の世話をさせてもらい、休日にはまだよく知らない町を散策する。
そんな生き方を望むなら、今すぐにでも「旅」に出られるかもしれません。
しかし、中高年になった今、少年時代のように「街に憧れる」という発想は薄れてしまいました。
キャンピングカーが欲しいと思う反面、旅との結びつきは減り、非日常を求めています。
しかも、知らない土地に行くというなものではなく、自分の空間が欲しいという些細な願いだったりするのです。
だからこそ、運転しやすく、エンジンを掛けなくてもある程度できることに魅力を感じます。
一番欲しいのは、「新型SAKURA」。
もう金額を考えないなら、一択と言っても良いほどです。
一方で、もっと小さくても良いと思うので、「ナロー銀河」。
スペース的には「ワイド銀河」の方が有利ですが、大きいのが欲しいなら「SAKURA」を超えるものは思いつきません。
「ボーダーバンクス」のようなモデルもありますが、こみちの場合なら、ホテルや民宿を使う方が心地よい「旅」になりそうです。
あとは、昔乗っていた「ジムニー」で、キャンプスタイルにするか。
ただ、やはり正直なところ、「旅」に出る目的が見つかりません。
バイクに乗っていた頃、本当にぶらっとツーリングしていたのに、ドライブとなるとなんだか目的が必要になります。