「インフルエンサー」とは?
今さら、「インフルエンサー」の意味を知りたい人は少ないかもしれません。
でも、言葉が世間に浸透するのは、その「意味」に必要性があるからだと考えたら「インフルエンサー」も時代によって求められた言葉なのでしょう。
世間に広く認知されたプロスポーツ選手や有名人の行動や発言に、我々一般人が感化されることは昔からありました。
子どもの頃であれば、「プロ野球選手になりたい!」と夢見たのに近い感覚でしょう。
でも、年齢を重ねて経験や知識が増えてくると、みんながみんなプロ野球選手になれないことを認識します。
つまり、「あの人は凄い人なんだ」という認識は変わらなくても、手の届かない人だとも理解して、それこそ「インフルエンサー」と言われる人になるのでしょう。
世間的に言われる「インフルエンサー」とは?
フォロワー数が100万人超えのインフルエンサーというような言い方で、SNSという世界でどれだけ支持を集めているのかが人気のバロメーターになっていたりします。
それこそ、女優さんのように、仮にその人の職業を知らなくても、一見してその辺りで見掛けることがないくらい輝いている人は、稀に存在します。
ワールドカップの一戦で、選手たちがワクワクするようなプレーを見せてくれた時も、自分の内面からでは起きないような歓喜が呼び覚まされ、正にインフルエンサーだと思います。
例えば、YouTube チャンネルの登録者が1000万人になった有名人なら、YouTube を使っているとどこかで何となくその人の存在に気づくでしょう。
ただこみち自身は、習慣的にあの「ヒカキン」さんの動画を観ていないので、サムネイルでおすすめにも挙がって来ません。
でも、稀にやっぱり見る機会が巡って、彼の持つインフルエンサーとしての凄さを再認識することも多いのです。
とは言え、ヒカキンのような、ある意味で超有名人の場合はそうですが、インフルエンサーと言われている人をどれくらい知っているのかと振り返ると片手で数えられるくらいです。
もしかすると自身が日常的に観ているチャンネルをそう思っているのかもしれません。
「インフルエンサー」になった人となりたい人
インフルエンサーになった人は、何かバックボーンとなる世界を持っていて、そこでの活躍を発端に知名度や人気が拡大し、結果的にインフルエンサーと呼ばれるようにもなったのでしょう。
一方で、インフルエンサーそのものに憧れた人の中には、バックボーンさえもインフルエンサーになるきっかけで、どうしたら「インフルエンサー」になれるのかと考えて努力された方もいるように思います。
実際、影響力を持つと、そこには評価が生まれて、何かが始まる予感を生みます。
例えば、広告塔としてもインフルエンサーなら適任でしょう。
世間が明確な目標を失ってしまった?
もしかすると、世間的に明確な目標を見失ってしまったのかもしれません。
テレビの高解像度化は明確な目標となり得るので、研究者や技術者もそこに向かって頑張れます。
しかし、テレビの視聴率や有益な番組を作ることは、さまざまな要因が絡み合い、何かこれだけあればという解決策はありません。
当然ですが、ジリジリと低迷しても、それを修正し切れないのは、要因が複雑になった証拠です。
事実、インフルエンサーが、全ての領域で強い影響力を持つのではなく、その世界観の中で支持される存在です。
テレビの視聴率回復をお願いしても、流石にインフルエンサーにも荷が重いことでしょう。
ここで、視聴率回復のキーマンが存在し、それがたとえ一人ではなかったとしても、何をどうすればいいのかが明確に理解できていたら、それこそ「インフルエンサー」という言葉ではなかったかもしれません。
言い換えるとそれだけ明確さを失って、理由や根拠よりも結果的な部分に目を向けて「インフルエンサー」という言葉が生まれたのかもしれません。